散歩唱歌

散歩唱歌

   

 



来たれや友よ 打ちつれて
愉快に今日は 散歩せん
日は暖かく 雲はれて
けしき勝れてよき野辺に

空気の清き 野にいでて
唱歌うたわんもろともに
急げ 花ある処まで
急げ草つむ処まで

見返るあとに 霞みつつ
立てるは 村の松の影
我行く先に 心地よく
躍るは 川の水の声


踏めば 音ある板橋を
渡る袂に 吹き来るは
もつれし土手の 糸柳
ときしあまりの 春の風


黄なる菜の花 青き麦
錦と身ゆる 野のおもの
ここやかしこにおりのおぼる
雲雀のうたの おもしろさ

長き日ぐらし まいくるう
ちょうちょは羽も疲かるらん
暫しは休め ここにに来て
我らも休む 芝原に

やさしき花の 菫ぐさ
うしろに五つ 前に三つ
先なる友は のこしたり
あとなる友よ 踏み折るな

うす紅に 立つ雲と
見えたる岡の さくら花
莟もあらず
盛りにあえる うれしさよ


やよや 梢の鶯も
うたえや我等に声そえて
春の日影は なお高し
我等のうたはまだ尽きず

手帳 鉛筆 とりいだし
ここの景色もうつしみん
向こうの畑を 打つ人の
笠は手本の中にあり
十一
宮のうしろの 山高く
のぼれば 谷の岩陰に
蕨取る子も みゆるなり
つつじ折る子も みゆるなり
十二
あの藤ほしやいかにせん
あおげば 岸はいと高し
招くに 似たる 紫の
房は 松よりまがりたり
十三
水を離れて 一二寸
いでたる小田の 苗代は
はや青々と なりにけり
田植はいつぞ 六月か

十四
名残は 後に残れども
またこの次の 日曜を
約していざや 別れまし
さらば胡蝶よ 春風よ
十五
愉快に 今日は遊びたり
明日は学科を 怠るな
身を健康に なす事も
国にむくいんためなるぞ


すずしき流れ 清き風
夏こそ 野べに来たりたれ
散歩の時は 今なるぞ
すごすなあだに休み日を

日は暑からず寒からず
雲なき空の ここちよや
若葉の中に 咲き残る
躑躅にたずねんもろともに

道のかたえに 池ありて
緋鯉のあぞぶは誰が宿ぞ
むらさき匂う 杜若
花は燕の飛ぶに似て


水のあなたに 曝したる
布の岸討つ 白き波
近より見れば 卯の花の
さかには今ぞ 面白や

雲雀の歌の 聞ゆるは
村のうしろの 麦畑
茶摘にゆきて 帰り来る
少女の声は 木陰より

麦笛吹きて 遊ぶ子よ
いちごのあるのはどの山ぞ
茂る夏草 ふみわけて
滝ある谷の しるべせよ

撫子つくる 垣ねには
おるや 赤地の唐錦
牡丹のあとに 咲きつづく
芥子も美し 百合もよし

田植近づく 田の水に
よべば答えて なく蛙
思わぬ方に 声するは
水鶏と 友は教えたり


むすびは腰にたずさえつ
草鞋は 足にはきしめつ
千里の道も 物ならず
暮れなば暮れよいざ歌え

歌声かれぬ 谷の水
遊びつかれぬ 森の鳥
皆わが友よ 夕月の
かげみるまではいざ歌え


秋空はれて 日は高し
今こそ 我等が 散歩時
すすきは 野辺に招くなり
小鳥は 森に呼ぼうなり

呼ぼう小鳥は 何々ぞ
雀 やまがら もず うずら
わかれし春の 雁がねは
竿になりてぞ 飛び渡る

招く薄に 咲きまじる
花は糸萩 女郎花
かしこもここに 七草の
盛り美し 見に行かん


飛立ついなごおいかけて
稲の中ゆく 畦の道
ゆくさき問えど 答えぬは
笠きて立てる 案山子なり

鳴子の音に 驚きて
空にむれ立つ むら雀
見る見る渡る 石橋の
上はあぶなし 心せよ

羽を広ぐる 蛍かと
見ゆるは 土手の蛍草
休みてまたも 飛んで行く
とんぼに羽に 風すずし

休みて行かん いざ友よ
腰掛岩も ここにあり
帽子にかざす 花の香を
おいくる蝶も 二つ三つ

むこうの山に 聞ゆるは
草刈る人の 歌の声
われも歌わん 声たかく
日頃習いし 唱歌をば


山にのぼれば 海広く
みえて白帆は 並びたり
霞みも霧も へだてなき
今日の日和の晴れやかさ

わが故郷の 城山に
父と登りて ながめたる
入江の波の 夕景色
忘れぬ影は 今もなお
十一
双眼鏡を 手に取れば
蟻かと見ゆる 人までも
物いいかわす
わが目の前に 立てるなり
十二
紅葉はいずこ 夜ならば
鈴虫聞きに 籠さげて
くる人おおき 野辺なるを
昼は 萱ふく風ばかり
十三
道の右より 左より
しげる枝葉のトンネルを
くぐる向うに 青々と
みゆるも嬉し 空の色

十四
猟銃さげて 犬つれて
山に猟せん 時は今
牧に馬あり 乗るもよし
水に船あり 漕ぐもよし
一五
川辺に 野辺に 山道に
散歩の庭は 果ぞなき
からだを 強く養いて
つとめよ 学びの教え草



小春の朝の 空はれて
散歩にいずる 楽しさよ
日は暖かに 照しつつ
のこれる菊の 香も高し

草葉に 白くおきそめし
霜は帰えたる後の道
秋のかたみの 紅葉ばも
ぬれて三つ四つこぼれたり


折れんと思う 山茶花の
盛りいつしか 過ぎたれぞ
水には浮かぶ おしどりの
つばさ美し 花よりも


鈴かと見えて 遠くまで
光る梢の くだものは
柿か 蜜柑か 橙か
霜には枯れぬ 雄々しさよ

すみれをつみて 休みたる
岡べはここか 冬みれば
草の緑も 紫も
あとなく枯れて 風さむし

ひとりわれらを 励ますは
枯野の松の ふか緑
千辛万苦の 後にこそ
ほまれも世には知られけれ

うれしやここの立て石は
左へゆけと 示したり
迷わぬ道の 一筋に
急げや 友のすみかまで


遠き山々 雪見えて
冬のけしきを添えにけり
散歩の道を 白妙に
埋るはいつの朝なるぞ


雪降りつまば 源平に
分かれて 君と戦わん
我らが腕を 習志野の
原とはここか 面白や

六日の学科 怠らず
勉めて遊ぶ 楽しさを
知るか 小川の水までも
我を迎えて歌うなり

※ 参考文献
野ばら社 日本の歌第1集 明治、大正
大和田建樹 作詞
多 梅稚 作曲


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明治の歌・明治34年

明治34年に出た大和田建樹作詞の「散歩唱歌」これは大好評だった「鉄道唱歌」にあやかって作られたもののようで長大な作品です。