ノルマントン号沈没の歌

ノルマントン号沈没の歌   

 

岸打つ波の音高く
夜中の嵐に夢さめて
青海原をながめつつ
わが兄弟は何処ぞと
木々の影はゆらゆらと

呼べど叫べど声はなく
たずねさがせど影はなし
うわさに聞けば過る月
二十五人の兄弟は

旅路を急ぐ一筋に
外国船とは知りつつも
航海術に名も高き
イギリス船ときくからに

ついうかうかと乗せられて
波路もとおき遠州の
七十五里もはや過ぎて
今は紀伊なる熊野浦

ノルマントン


名も恐ろしき荒波に
乗り出でたるぞ運のつき
折りしも雨は降りしきり
風さえ添えて凄まじく

渦巻く波を巻きあげて
われを目がけて寄せ来る
かすかに見えし灯台の
光もいつしか消えうせて

黒白も分かぬ真の闇
水先はかる術もなく
乗合人も 船人も
思案にくるる瞬間に

岩よ岩よと呼ぶ声の
マストの上に聞こゆれば
あわやと計り身をかわす
いとまもあらで荒波に

打ち流されて衝突の
一声ぼうととどろけば
流石に堅き英船も
堪えも果さで打ち破れ

逆巻く波は音高く
機関室へとほとばしり
凄き声して溢れたり
斯くと見るより同胞は
十一
互いに救い救われて
みな諸ともに立ち上がり
八州船の救いをば
声を限りのもとむれど

十二
外国船の情けなや
残忍非道の船長は
名さえ卑怯の奴隷鬼は
人の哀れを外に見て
十三
己が職務を打ち忘れ
早や臆病の逃げ仕度
その同胞を引きつれて
バッテーラへと乗り移る
十四
影を身送る同胞は
無念の涙やるせなく
溢るる涙を押し拭い
ヤオレ憎き奴隷鬼よ
十五
如何に人種は違うとも
如何に情けを知らぬとも
この場をのぞみて我々を
捨てて逃がるるは卑怯者
十六
思い出せばその昔
俊寛僧都にあらねども
沖なる島の身を投じ
見るも憎しや情けなや
十七
彼は岩なり我は船
みすみす沈む海原の
底の藻屑となりゆくは
いといと易きことながら
十八
家に残れる妻や子や
待ちくたびれし弟妹の
我なき後は如何にせん
憂きぞいとぞ思わるる

十九
浮世は仮とはいいながら
常なき者は人ごころ
昨日の恩は 今日の仇
斯かる奴とは露知らず
二十
その信義をば片頼み
ついうかうかと大海に
乗り出でたるぞ恨めしや
よしや恨みは残すとも
二十一
汝が為せる罪悪は
この世のあらん限りには
などで晴さでおくべきか
右手に稚子左手には
二十二
老いたる者を助けつつ
悲嘆に沈む涙淵
伏しつまろびつ泣き入りて
目もあてられぬ風情なり
二十三
折りしも一人の少年は
甲板上によじのぼり
沖なる方を打ち見やり
せきくる涙とどまらず
二十四
「われ航海の一端も
学び覚えしことあらば
日頃の技倆をあらわして
逃るる術は易けれど
二十五
わが同胞の危難をば
捨てて救わでただ一人
命を惜しむたわけもの
大和心の大丈夫に

二十六
嘲り笑わる苦しさよ
いざ是よりは潔よく
みな諸ともにこの身をば
千尋の海に打ち沈め
二十七
藻屑とこそは果てなん」と
呼び終わるその中に
無常を告ぐると時の鐘
山なす波に打ちまかせ
二十八
二十五人の兄弟は
無惨や藻屑となりにける
斯くと知らずや白波を
舟に乗じて船長は
二十九
紀伊の浜辺に上陸し
領事庁へと進みいで
己が過失をおおわんと
非を理にまぐる陳述を
三十
音に名高きホント氏が
何どて知らざる事やある
固より知りつる事ながら
わが東洋に人なしと
三十一
日頃の傲慢あらわして
大悪無道の奴隷鬼を
無罪放免それのみか
アッパレ見事の船長と
三十二
褒めはやしたる裁判を
聞いて驚く同胞は
切歯扼腕やるせなく
世論一時に沸騰し

三十三
正は正なり非は非なり
国に東西ありとても
道理に二つあるべきか
ノルマントンの船長の
三十四
その暴悪の振舞いは
外国々の人ですら
その非をせめぬ者ぞなき
乗合多きその中に
三十五
白ル人種はみな生きて
黄色人種はみな溺る
原因あらば聞かまほし
彼も人なり我も人
三十六
同じ人とは生まれながら
危難を好む人やある
いのち惜しむぬ者やある
イギリス国の法官よ
三十七
汝の国の奴隷鬼は
人を殺して身を逃る
義務を忘れて法犯す
極悪無道の曲者ぞ
三十八
これぞ所謂スローター
などて刑罰加えざる
などて刑罰加えざる
汝が国は兵強く
三十九
軍艦大砲ありとても
わが国民は知識なく
国が実に弱くとも
鳥や豚ではあるべきか

四十
是非曲直を知る者を
大和だましいある者を
二千余年がその間
尚武の国と名も高く
四十一
外国人の侮りを
受けしことさえなきものを
斯くする法の傲慢の
その裁判におめおめと
四十二
従う奴隷があるべきか
汝知らずや我が民は
恥のためには命をも
義理にのぞめば財産も
四十三
捨てて惜しまぬその理は
破船の時の少年の
挙動を見るさえしりつらん
わが兄弟は不常にも
四十四
無惨の横死と聞くならば
雲井にかける都人も
伏屋に宿るしずの女も
六十余州はみなおなじ
四十五
己が困苦を打ち忘れ
その兄弟は妻子まで
救わでやまぬ鉄石の
心は同じ敷島の
四十六
大和ごころの大丈夫
道理つめなる論鋒や
その豪気なる振舞いは
岩をも砕くいきおいに

四十七
さすがに名高き英人も
傲慢心は打ち破れ
一旦免せし奴隷鬼を
一言いわさず引捕らえ
四十八
ふたたび開く公判に
罪科の所置を定むれば
二十五人の家族らも
三千余人の同胞も
四十九
その公平に感嘆し
積もるうらみも是に晴れ
波風にわかに沈まりて
残るは元の月ひとつ
五十
いとあざやかに見えにける
じれを見るにも思いやる
いまは明治の恩治世
外交とみに繁くなり
五十一
国事も日々に多端なり
はるかに彼方を見渡せば
筑紫の海は波高く
風さえ強き秋の空
五十二
薩摩の海の南には
さいろうの住む国もあり
用意もなくてうかうかと
吹き流されて破船せば
五十三
二十五人はまだ愚か
三千余万の兄弟も
あわれ危難に過るにも
まして条約改正の

五十四
今にも談判整わば
内地雑居となり来り
赤髪碧眼かず多く
わが国内に乗り込みて
五十五
学問知識を競争し
工芸技術それぞれに
名誉の淵に乗り出し
勝負を競う事なれば
五十六
油断のならぬ今の時
ノルマントンの沈没の
その惨状を知る者は
心根たしかに気をはりて
五十七
若しくも第二の奴隷鬼や
なお恐ろしきファントムが
顕われいでたる事あらば
三千余万の同胞は
五十八
みな諸ともに一致して
力を限り情かぎり
縦横無尽に憤撃し
それでも及ばぬその時は
五十九
生命財産なげうちて
国の権利を保護して
保たにゃならぬ国の名を
保たにゃならぬ国の名を


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明治の歌・明治20年(1887)

1886(明治19)年,紀州沖でおこった海難事件。同年10月24日,イギリスの貨物船ノルマントン号が難破したとき,船長ドレーク以下のイギリス船員26人は救命ボートに乗りうつって救助されたが,日本人乗客25人は船中にのこされ水死した。事件の審理は領事裁判権によってイギリス領事が行い,イギリス人の全員無罪が決定(再審で船長だけ禁錮3か月) この事件に関して当時イギリス人に対する裁判権はイギリス領事にありました。(他の国も同じです)そしてこの領事の裁判の結果、船長は無罪となり、日本国民の怒りが爆発しました。